日本では6月第3日曜日が「父の日」のようですが、ドイツではキリスト教の祭日である「昇天祭」と同じ日と決まっている都合で休日です。他の宗教的祭日と同じく、毎年移動するのですが必ず木曜日で、くわしくいえば復活祭の40日後です。復活祭そのものが移動するのでまず覚えられません。早い年では4月末、遅い年で6月初めと、一カ月以上のズレがあり、今年は5月9日でした。これに対して「母の日」は日本と同じく5月の第2日曜となっていますのでドイツでは「父の日」と「母の日」が重なることはありません。年によって、父の日が母の日の前だったり後だったりします。
で、この「父の日」ですがドイツでは「紳士の日」とか「男の日」と呼ばれることがあります。つまり父の日の祝い方に違いがあるからで、普通ですと「母の日」と同じく、家族内で父親が子供たちからプレゼントをもらうということになるのですが、地域によっては父親だけではなく、孤独な父親、シングルファーザー、未来の父親(およびその候補者)など、平たく言えば成年男性の友人知人がつるんで郊外にピクニックに出かけ酒宴を楽しむことが「父の日」の行事で、女性子供は同席しません。「紳士の日」とか「男の日」と呼ばれる所以です。ですからこの類の「父の日」は、いわば自分自身で勝手に祝うわけで、母親だけが子供たちから祝ってもらえる「母の日」とは大違いです。ちなみにドイツの隣国オーストリアでは「父の日」は6月の第2日曜日で、形式も「母の日」の父親版ということができるようですが、スイスには「父の日」というのはないようです。
そして小生が体験した父の日ですが、子供たちから父の日になにかプレゼントされたとか祝ってもらったという記憶はありません。当時は「父の日」というのはさほど知られていなかったからでしょうし、上記の「男の日」のようなグループは身近には存在しませんでした。しかし1980年の「父の日」だけはいまだによく覚えています。この年の「父の日」は5月15日で、この日の夜、小生は病院の分娩室で出産を間近に控えた家内に付き添っていたのですが、助産婦が『今日は父の日だからがんばって今日のうちに産んじゃいましょう!』と家内にハッパをかけ、あれこれ手を尽くしたのですが、娘が生まれたのは日付が変わって5分経ってからでした。助産婦が『残念だったわね。間に合わなかった』と言いましたが、小生は全く別のことを考えていました。1980年5月16日生まれをドイツ風に書きますと16.5.80となります。16X5=80…すばらしい…数字がピタリと決まる。この子にはひょっとして数学の才能があるかもしれない…と淡い期待を抱いていたのですがものの見事に裏切られ、そのまま現在に至っています。








