7月はドイツの多くの州で学期末となり、ギムナジウム(日本の高校に当たります)を卒業するものはAbitur(アビトゥア)という卒業試験をパスしていなければならず、これを取得すれば入試なしに大学に入れます。パスすれば大騒ぎのパーティがあるのはどこのギムナジウムも同じで、卒業生が大挙して街中に繰り出すのは夏の風物詩ともいえます。当地のギムナジウム(グミュントには3校あります)では卒業式の数日前に非常に辛辣な卒業雑誌が配布されいつも大きな物議を醸していました(おそらく今でもそうだと思います)。小生の3人の子供が関わった卒業雑誌から印象深かったものを項目ごとに挙げてみます。
生徒による恩師評価:あまりに強烈な酷評を受けて数日間寝込んでしまった先生方が毎年数人いるという凄まじいものです。「本人は女生徒にアピールしているつもりかもしれないが、シャツをこれみよがしに開けて胸毛をちらつかせる態度がムカついた。不潔。最低。ゴリラ並み。こんな不快な男の授業はもう嫌悪感が鬱積して地獄だった」という潔癖派女性徒の激白とか、コメントなしで新卒業生による各々の恩師の採点(何を基準するのか不明)を公表したりで、落第点をとる先生が毎年数人いますので、先生方の恐怖の対象となっています。
専攻科目ごとの記念写真:どの生徒も二科目を専門科目として選ばなければならず、この科目のテスト成績はふつうの学科の2倍として評価されますが二科目の組み合わせには条件がついています。卒業雑誌には専門科目の先生と生徒がおのおのの学科の特徴を出した記念写真を載せるのですが、たとえばラテン語のクラスでは先生がベッドシーツを身にまとってまるでローマの元老院会員のような格好でポーズをとり、周囲に生徒がその弟子としてかしづいているといった具合です。しかし、長女のギムナジウムには定年を数年後に控えた宗教の大変な先生がいました。この先生は卒業記念写真に大樹の太い枝にパラシュートの傘を除去した部分を身につけてぶらさがり、もちろん腕は横一文字でこちらを向いて貧相な笑顔をみせ一目でキリストのギャグとわかります。そしてこの先生の真下には生徒がひとり立っていて、もし先生が落っこちてきた場合、肩車で止めようとしています。この写真はさすがにひんしゅくを買い、牧師、両親が厳重抗議したようなのですが、梨の礫だったようです。
卒業生の自他による紹介:次男のときは卒業生50数人でしたが、もうとにかく男子生徒は個性派ばかり。各人につき1ページが振り当てられ、本人の写真、クラスメートのコメント、自らのコメントが記されています。一番に目についたのは校門の古い木造扉に小便をひっかけているポーズをとっている輩。さすがに背後からの写真でこちらを振り返ってにらみつけているのですが、くわえタバコをしているというつわもの。しかし正門の小便をひっかけるという、とんでもないアイデアは称賛に値します。二番目に目についたのが自称「メシア(=救世主)」。ガウンのようなもの着ていてどういうわけか座禅を組んでいます。両手を広げて膝の上に乗せ、目はうつろであらぬ方角を見ている。そして靴には、けばけばしく太陽が描かれています。コメントに「20年後、余は10,000人の正妻と20,000人の側室を持つであろうがインポテンツである。」とあります。もうお手上げです。それでは女生徒はどうかと見ましたら、他称「学年唯一の人妻」などというのがせいぜい目立ったところで、全般に精彩を欠きました。
今、思い出しても「先生も生徒もなんと個性的な連中ばかりだったのだ!」と感嘆することしきりなのですが、それに反して日本の高校卒業生の、受験に追われた紋切型タイプの均一化が気になります。








