先月出張で日本に滞在しておりました。
出張の度に最新のベストセラーを数冊買いこみ、帰りのヒコーキの中で読むのが楽しみなのですが、今回購入した本の中に「最後の秘境 東京藝大」があり、抱腹絶倒の探検記と記されていますので読み始めたのですが、音大時代のみならず、ウィーンのよせ集めオペラの巡業に帯同して出くわした変人奇人のことが沸々と思い出され、抱腹絶倒というよりはどうも身につまされるといった読後感がありました。
小生が目の当たりにした奇人の筆頭はファゴット奏者で年齢は40すぎだったでしょうか。上記の寄せ集めオペラが、とある街で上演したときのことです。思いがなく若いソプラノが舞台に登場して、これがファゴット奏者の眼にとまり、やおらバスーンの頭管部(註:30cmぐらいの長さで筒状になっています)を取り外して、あたかも望遠鏡を覗くようにして舞台のソプラノに向けたものですから、彼の奇行をよく知るメンバーは「また始まったよ」といった感じだったのですが小生は笑いをこらえるのに苦労しました。しかしそのあと何を思ったか、隣の第二ファゴット奏者に、「お前の頭管部をよこせ」と命令。わけがわからないまま第二ファゴット奏者は自分の頭管部を差し出すと件の奇人はを頭管部を二つ持って、まるで大きな双眼鏡を眼に当ててソプラノ歌手を熟視しているかのような動作を堂々と取るのです。そして「あぁよく見える」と一言述べて寸劇に幕。あっけにとられてしまいました。その数日後には序曲を演奏するために指揮者が颯爽と指揮台に上がって聴衆に向かって恭しく深々と二度ほどお辞儀をしますと、指揮者の斜め後ろに座っていた件のファゴット奏者がやおら立ち上がり、指揮者と全く同じ動作をまるでシンクロのように堂々とやってのけ、指揮者が半回転してオーケストラを見渡した時は、ファゴット奏者は何事もなかったような顔をして、楽器をスタンドバイの状態にしていました。こうなるともう奇人ではなく一流のコメディアンです。
音大に在籍していた時には、以下のような二人の管楽器奏者の会話を耳にしたことがありました。
A: 楽譜書くから万年筆貸してよ
B: 書けるけど書いても読めないけどいい?
A: なんだと?インク入ってないの?
B: 入ってるけど透明のインクなんだ
A: 透明のインク??
B: うん、水が入ってるんだ。
A: どうして水が入ってるんだ?
B: 万年筆を洗おうと思ったから・・・(註:50年前の万年筆はカートリッジ式ではなく吸入式がメインで、インク瓶からインクを吸い上げていました。楽譜を書く場合はもっぱら黒いインクでペン先が詰まると洗浄する必要がありました。)
この会話のBは冗談を言ってるのではなく、ごく普通に話をしているのです。しかし水を「透明のインク」と表現するのは普通の人間の感覚ではまずありえないです。凡たる高校から音大に入って面食らうことは多々ありましたが、この「透明のインク」は小生にとって強烈なインパクトでした。およそ音楽を志す者はかくも常軌を逸した感性を持たねばならないのかと考え込んでしまいましたが、かような非凡な感性を持ち合わせることがなかった小生は後日、音楽から化学に転身することになりました。








