8月13日が「左利きの日」というのはご存知でしたか?先月のこの日にドイツ各地で左利きの集会や催し物がありました。左利きの日というのは1976年8月13日(今年と同じく13日の金曜日だったらしいです)にアメリカ人のDean Campbellによって制定され、左利きの人の関心や左利きへの偏見などを一般に知ってもらおうという意図があったようです。かくいう小生も潜在性左利きですので、この日の新聞の左利きについての記事を興味深く読んでみました。
まず偏見ですが、ドイツでは左利きに対して「非常に創造的で知能が高い」といった肯定的なものから「学習力が弱い、個弱体質」といった否定的なものまで様々な偏見があり、いずれも信憑性に乏しい。確かなのは左利きが右利きに比べてはるかに少ないということですが、左利きは何%ぐらいいるのかという正確なデータはないようで、全人類の3~30%ぐらいということになっています。国や民族によっても差があると思いますが、日本よりドイツのほうが左利きが多いように見受けます。日本での左利き“矯正”への社会的圧力が強いということでしょう。
ドイツ語には「左(=Links)」を使った慣用句に否定的なものが多いです。左っぽい=ぎこちない;左手がふたつある=不器用な人間;左足から起き立った=うまくいかない、機嫌が悪い;左にうっちゃっておく=無視する、若者言葉でも、左の鳥=ずるいやつ、といった具合です。これには言語的な根拠がある、というのには驚きました。ドイツ語のrechts(右)は英語のrightに対応していて、いつも肯定的な事柄を暗示し、“gerecht”(=正当な)、”Recht“(=権利)、”recht“(=正しい)などにつながります。”rechts“というのはインドヨーロッパ系の源の言語の”reg-“に由来していて、これには”まっすぐにする、操縦する、支配する“といった意味合いがあります。ですから、『右側』には、「まっすぐ」→「正しい」→「道徳的によい」:というルーツがあることになります。そして『左側』はこれの逆というわけです。
カトリックの教会では長い間、いわゆる“よい”方の右側は男性専用で、女性は左側に座らなければならなかったらしく、ヒットラーの時代の1935年には「左利きとホモの精神状態についての関連」と題した駄作論文が委託され、左利きとホモは誹謗されていましたし、そもそも左手は右手に対して「左=下、右=上」という分類に基づいて「格下」とされていたのです。だったら政治的な表現はどうなのかと訝りたくなりますが(右翼=保守、左翼=革新)、これは18世紀のフランスの国民議会で保守派が議場の右側の席についたことが発端とか…ならば上記のカトリック教会を例にとれば保守派が格上ということになるのではないでしょうか?現実は全く同格ですけどね。
ひるがえって日本ですが、日本では「左」というのは「右」に対して上記のような語源的なハンディもなく、、左は右に対して格下と扱われることもない(と思われます)。否、古く日本では左は右より尊重されていたのです。ひな祭りに登場する左大臣、右大臣では左大臣の方が位は上ですし、現在窮状に陥っている大相撲では土俵の正面からみて左手が東方で地位は西方より上です。そして慣用句でも「左うちわ」などというのもあります。
しかし左利きが不便な思いをしていることは日本でもドイツでも同じです。左利き用のはさみが市販されていても、切れ味は右利き用のものより劣るようですし、しばしば右利き用のものより割高だったりします。
左利きの著名人は多いですね。記事によれば古いところではアレクサンダー大王からシーザー、そしてナポレオン。学者ではニュートンやキュリー夫人が挙げられますが、特に著名な芸術家に左利きが多いです。画家ではレオナルド・ダ・ヴィンチ 、ミケランジェロ、ピカソ、作曲家ではモーツァルト 、ベートーヴェン、シューマン…これは意外でした。昔は「左側」に対する偏見はあっても、「左利き」に対する偏見というのは今ほどなかったのですかね。








