家内がある日、知人から本を贈られました。川上弘美氏の「古道具 中野商店」です。ドイツ語のタイトルは「古道具 中野商店」ではなく、「中野さんをとりまく女性たち」となっています。たしかに『古道具屋』というのはドイツ語にはうまく訳せませんし、実際3人の女性が副主人公として出てきますのでこのタイトルで異和感はありません。家内の読後の感想は「奇異な小説だ…」だけ。小生も読んでみましたが、どうもしっくりこない。せんだっての日本出張の際に川上氏の代表作といわれる「センセイの鞄」を購入して読んでみました。
内容は70がらみの元高校教師(=センセイ)とその教え子(=ツキコ、37歳)の女性との、淡々と、されど色濃く流れる日々を繊細に描いたオトナの恋物語。ふつうの小説なら老いた男が娘のような年齢の女に好意を寄せるのですが、この小説ではその逆。ぎこちないセンセイの言動とそれに惹かれていくツキコさんが軽妙に描かれ、ほのぼのとした読後感が味わえました。小説としては「古道具 中野商店」よりはこちらのほうがおもしろかったです。なおこの本のドイツ語版のタイトルが、なんと『空は青、地は白』!表紙の絵も遊女が描かれていてまるで小説にそぐわない…(写真参照)この本が「センセイの鞄」のドイツ語版だと気づくのにだいぶ時間がかかりました。
で、この「センセイの鞄」を読んでいて、ふと思い出したのが「博士の愛した数式 」(小川洋子著)です。およそ浮世離れした、奇病持ちの老数学者が主人公で、彼に次第に好意を寄せていく親子ほど年の離れた家政婦さんとの物語です。「センセイの鞄」のセンセイにしろ、「博士の愛した数式」の博士にしろ、およそ世才に長けていない老人にスポットが当てられ、現代の純文学として称賛されていることに興味を持ちました。そういえばドイツの作家シュトルムの「みずうみ」にも老学者が出てきますが、今から150年以上も前に書かれたこの名作短編も日本では非常に評価が高い。幼馴染との相思相愛の仲を裂かれ、一生独身をとおす老学者の物語なのですが、最初と最後の章が淡くパステル調に描かれていて心に沁みます。この本を最初に読んだのは高校生の時でしたが、深い感銘を受けたことを今でも覚えています。
これら3人(センセイ、博士、老学者)には、小説の主人公とはいえ、「純粋さ」というものが溢れています。そして、このことが彼らを魅力ある「およしお」にしているのですが、小生にはこの「純粋さ」が欠けています。ふつう還暦を過ぎれば少しは「純粋さ」が出てくるようなのですが、その兆しさえありません。「はて、どういうことなのか?」と無意味な思索に耽っていましたら、「ねぇ、『中野さんをとりまく女性たち』じゃなくて、『野中さんをとりまく女性たち』という題で手記でも書いてみたらどう?」と家内がたわけたことを言い出して、瞑想の邪魔をする。カチンときましたが、あくまで冷静さを装い、きわめてシニカルな微笑を返すにとどめました…このような状況では純粋さなど求めるべくもありません。
追記:針鼠(その2)の掲載後、「その後、針鼠はどうなった?」という問い合わせが相次いでいますが、最近ほとんど見かけなくなりました。庭の餌皿は空になっているのですが、どうやら鳥が啄んでいるようです。夏ですし、ミミズやコガネムシといった針鼠の好物がふんだんに出没していますので、餌に見向きしないのも納得できます。相も変わらず夕刻、庭を凝視している家内によればラズベリーやスグリなどの茂みでガサゴゾしているのが聞こえるようなのですが、目にする機会は減っています。折柄の交尾期とも関連しているのでしょう。
※およしお:年齢の高い男性のこと。








