ある哲学啓蒙書を読んでいましたら、「初めて英語を学んだとき、兄も弟もBrotherの一語で済ますとは、なんとおおざっぱな言語だと思いませんでしたか?」という文章に出くわしました。たしかに同感でドイツ語もBruderの一語で済ませます。
英語では「他人か家族か」の違いが重要なので兄弟姉妹がBrotherとSisterの2語なのですが、日本語ではさらに上下関係が重視されるので4語必要だという説明が付記されていました。なるほどと思い小生の身辺を見回してみました。家内は三人姉妹の長女ですが、彼女が妹たちと討論しているのを聞くと上下関係といったものは全くありません。一番下の妹とは10歳以上離れていますが、まったく同等に物を言っていますし意見交換も対等です。顔を見ずに(註:皺の数は齢の数の指数関数です。すなわちy=axでして、ここにyは皺の数、xは年齢でaは固有定数であります。したがいまして10歳ちがうと顔をみるだけで誰が姉だかすぐわかります)姉妹の議論だけを聞いたとしたら、誰が長女だかわかりっこありません。一方、旧知の日本人女性も三人姉妹なのですが末っ子で、姉と電話で話をしているのを横で聞くともなしに聞いていますと、どうも甘えというか頼るという感じがあることは否めません。目上という明確な意識はないにしても一目おいていることは確かです。
一世代ずらせて小生の子供達ですが、これも3人ですが真ん中に女が入っていまして、これが一番いばっています。日本で俗にいう下克上であります。4月のセルライトオイルのセミナーの際に「ノナカ カルテット」をお聴きになったかたはすぐ納得していただけると思います。しかし年上、年下といった感覚はまるでありません。この娘と東西の兄弟姉妹観の相違について話し合っていましたら、「ドイツではある程度親しくなってからでないと姉か妹かは訊かないよ」と彼女が言い出し、虚をつかれた感じがしました。小生、30年以上ドイツ語圏に住んでいますが、こういった微妙なニュアンスにはまだ疎いところがあります。しかしもっと疎いのがイスラム圏における兄弟姉妹の関係です。
先週、ヴィースバーデンで若いトルコ人女性が兄(註:新聞では上記のごとくBruder=Brotherとしか記されていませんが、兄それも長兄と判断しました)によって射殺されるという痛ましい事件がありました。妹がドイツ人の男性と恋に落ちて「家族の名誉」を傷つけたので、名誉を救うため妹を処刑したというのです。また今年2月にも似たような事件がベルリンでもあり(家族による強制結婚から逃れようとした女性が兄たちによって殺害されました)、国連の調べではこのような「家族の名誉」の犠牲になる女性は世界中で年間5000人以上になるようです。この処刑はイスラムという文化圏においては正当とみなされるものなのでしょうが、処刑の舞台がドイツですと、れっきとした殺人になります。ベルリンでは市政府が強制結婚を罰する法案を提案し国会に持ち込もうとしています。無論こういったケースは非常に厳格なイスラム家庭でのみ起こる特殊なケースだとしても、個人の自由を当然の権利と考えるドイツ人にはおよそ理解できないもので、たとえ異文化のモラルであろうとも許容しえず、こういった女性への暴力に反対するデモや集会が行われマスコミがとりあげるのですが、大多数の在独トルコ人の対応は冷ややかで、傍観するのみです。ひょっとしてイスラム圏では兄弟姉妹の4語だけではなく、長兄、次兄、次々兄といった具合に兄弟の数だけ相応の単語があるのかもしれません。ドイツにおける異文化モラルの裁き方が注目されます。








