8月下旬、かの有名なバイロイト音楽祭で「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を観劇するという、およそ考えられないような幸甚に浴しました。いうまでもなくワーグナーファンにとってバイロイトは聖地で、一生に一度はバイロイトでワーグナー作品を鑑賞してみたいと願っている方々が大勢います。
マイスタージンガーといいますのは、中世のドイツで実際に存在した、歌の作詞作曲歌唱をよくする人物のことで、靴屋、仕立屋などの市井の人物が職業のかたわら厳しい試験を受けて合格しなければなれません。合格すればマイスタージンガーの組合に入れます。ワーグナーの「マイスタージンガー」のおおよその筋を大まかに記します。
放浪の吟遊詩人ワルターが、ニュルンベルグに立ち寄り、若い女性エーファに一目惚れします。ところがマイスタージンガーでもあるエーファの父親が、次回の試験で優勝したものに、つまりマイスタージンガーになったものに娘と自分の財産を与えると言い出します。ワルターが一夜漬けで試験を受けようとしますが厳しい規律があって前途多難。そこに市政書記官のベックメッサーがライバルとして現れます。エーファは男やもめで中年のマイスタージンガーでもある靴屋のザックスにも、ワルターにも好意を寄せますが、ザックスはワルターとエーファの仲を持とうとし、ワルターを支援します。歌合戦の結果、ベックメッサーがドジッってワルターが勝ち、ハッピーエンドというあらまし。
演出がリヒャルト・ワーグナーの曾孫のカタリーナ・ワーグナー。弱冠30歳で、しかも過激な演出で昨年巷の評判となりましたので、はたして一体どのような演出なのか大きな興味を持って祝祭劇場に臨みました。期待に背かぬビックリの続出で、舞台のセッティングが中世ではなく、現代。そしてワルターが吟遊詩人ではなく前衛芸術家なのです。激昂して白いペンキを塗りたくり、最後にはペンキの入ったバケツを机にぶちまけるという過激さ。そして第二幕ではベックメッサーのヘタな歌が始まると天井から数え切れないほどのスニーカーが降ってくるのです。靴屋のザックスは靴を叩くところ、古いタイプライターを叩いてベックメッサーの歌に相槌を入れて邪魔をする。第三幕ではわけのわからないところで真っ裸の男女が出現して仰天。とにかく意表を突かれっぱなしでした。しかし、このような過激で斬新な演出がはたしてきわめて老人の多い聴衆の意に沿ったものなのか甚だ疑問でした。
目下、ドイツのオペラハウスでは時代考証を無視した過激な演出が一般的な傾向となりつつあります。「椿姫」がミーハーで健康そのものといった感じのソプラノだったり、子供に見せても安全と思われていた「魔笛」までがポルノ劇みたいだったりと、いわゆる伝統的な演出というのはもうはやらなくなってしまったという感があるからこそ、バイロイトでは正統派の演出を見たいという思いを持ってバイロイトまで来ている聴衆は少なくなかったのでは…と思いました。カーテンコールの最後にカタリーナ・ワーグナーが出てきましたが、大きなブーイングが場内のあちこちで起こっても平然と笑みをたたえていました。「私は劇のあと、『えーと、クルマをどこに泊めたっけ?』とか『どこのピザを食べに行こうか?』なんて会話ではなく、今見たばかりの劇について議論をしてほしいのです」と彼女はどこかのインタビューに答えていましたが、たしかにこの点については、彼女の目論見は見事に当たっています。バイロイトこそ斬新な演出の最先端を行くべき…というのがモットーのようです。
1992年にメトロポリタン歌劇場で上演されたマイスタージンガーのDVDがあり、演出がウィーン人のオットー・シェンクで、舞台はちゃんと中世になっていますが、もう16年前の話です。伝統的な演出がかえって斬新に見えるような時代がくるかもしれません。








