このあいだオーストリアとハンガリーの国境近くの小村イルミッツ(Illmitz)というところで休暇を過ごしました。この村はノイシードラーゼー(Neusiedlersee)という名前の湖の東側の湖畔にあり、観光客が来ない鄙びた地域であることを逆手にとって「バード・ウォッチングのメッカ、広範囲にわたる自然環境保護区域の首都」という厚かましい自称ふれこみが気に入りましたので行くことに決めたのですが、ウィーンの空港からバスを乗り継いで1時間半のところにありました。で、着いてみると確かに田舎で、ふれこみに偽りはなく、見るべきものは何もない。宿屋で「日本人でこんなところまで来るヒトはめったにおらん。あんたは風貌風采からしてどうやら鳥類学者とお見受けしたが…バードウォッチングでっか?」などといわれ、「ようわかりはりましたな!」と調子を合わせたかったのですが、双眼鏡を持ち合わせなかったものですから恰好がつかず、「いやいや…」と言葉を濁すにとどめました。以下体験したことを写真つきで記すことにします。

着いた翌日、自転車を借りて(貸出料金1日10ユーロ=1400円)、その広大な自然保護区域に出向いたのですが、30分ほど走ってふと右手前方を見ると、なにかが集団で押し寄せてきて、地響きが伝わってきます。何事かと訝っていましたら、これが百頭以上の牛の大群!かなりの勢いでこちらに向かってきます。思わず後ずさりして見送ったのですが、どの牛もかなり気が立っていて暴れているのも何頭かいます。コラム:写真それもそのはずで長い冬の間、牛舎に閉じ込められていたのが、新鮮な牧草にありつけるというので、興奮しているのも無理はない。また仔牛も何頭かみかけましたが、これらは前後左右を大きな牛に囲まれていました。で、これらの野性味あふれる牛どもをまとめているのがたった4匹の真っ黒な中型のムク犬。よく見ると羊飼いならぬ牛飼い二人がゆっくり歩いてきます。そして犬になにやら命令してストップをかけさせ、牛たちは牧草を食み始めました。何というスペクタクル!バード・ウォッチングがカウ・ウォッチングになるとは思ってもいませんでした。
牛が立ち去り、騒動がおさまったところで再び自転車に乗り、少し走りますと、雉、箆鷺、灰色雁…いろんな鳥を間近に見れるようになってきました。そして名前こそわかりませんでしたが可憐な野生の花があちこちに咲いていて、さすが自然環境保護区域の首都などと大きなことを言うだけあるわいと納得しました。

小生の本来の目的はバードウォッチングでもカウ・ウォッチングでもなく、見渡す限りの平地の草原にポツンと佇んでいる井戸を見ることでした。牛の大群を見送って自転車で20分も走らないうちに最初の井戸を見ることができ、予想に違わぬ、昼日中とはいえ寂寞感きわまりない光景で、胸がつまりそうでした。そのあとのサイクリング中に同じような井戸を3つ見ることができたのですが、各々造りが違い、 興味深かったです。
そして4時間のサイクリングを終えて村へ戻り、ふと何気なく人家の屋根を見上げましたらコウノトリがペアで巣の中にいました。孵化しているところなのでしょう。そういえばこの湖の一帯はコウノトリで有名なことを思い出しました。またレストランに入れば国境近くということでハンガリー料理を出すところが多く、ハンガリー名物のグラシュ(牛肉シチュー)はなかなかの美味でした。
この地方はガイドブックには載っておらず、日本ではまだ知られていないと思いましたので、今回のコラムのテーマとしました。