あと数日で11月です。庭の銀杏、桜、果実樹が落葉し、晩秋から初冬への移り変わりが如実となり、あとはクルマのタイヤをスノータイヤに取り換えるだけかと思っていましたら、大変な肉体労働が残っていました。カッヘルオーフェン用の薪を庭の一角に運び込んで秩序正しく積み上げる作業です。
カッヘルオーフェンといったところで皆様はきっとご存じないでしょう。そもそもKachelofenというドイツ語に当たる日本語がないのです。Kachelがタイル、Ofenが暖炉で直訳すればさしずめ『タイル暖炉』ですが、理解不可能です。手元の独和辞典を引きましたら『カッヘルオーフェン(耐火煉瓦を積み外側に壁タイルを貼った暖炉)』と記載されていました。そして現在小生が住む築20年の家にどういうわけか、このカッヘルオーフェンが居間にあるのです。カッヘルオーフェンはオープン型の暖炉ではなく、炎や薪は直接見えませんが蓄熱性が高いと言うメリットがあります。写真左はカッヘルオーフェンの全体の外観で暖炉に背を当てて座れるようになっています。写真右は暖炉の後方でして薪を入れて焼べる部分です。
家にはガスのセントラルヒーティングが備わっていて、さらに居間、台所、バスルームには床下暖房があり、昨冬は床下暖房だけで十分暖を取ることができましたので、カッヘルオーフェンのことは全く念頭になかったのですが、家内が初秋の候に「今年は絶対カッヘルオーフェンで暖を取る」と言い出した時には、正直申しまして一瞬いや数分間たじろぎました。といいますのも家にカッヘルオーフェンのある家庭はどこでも9月中に最寄りの樵夫のところで薪を注文し、家まで配達してもらうのですが、配達は家の前の道路までで、そこから庭なりテラスに運び込むのは家人の仕事となり、道路から家までの距離が長いとかなりの重労働になります。小生は9月の中旬から10月の中旬まで日本へ出張だったのですが、その間に家内が友人の勧める樵夫に薪を注文。ただし配達は小生がドイツに戻ってからという条件付き。小生に薪の搬入をさせようという魂胆で、家内のしたたかさは健在です。そしてこないだの土曜日の早朝、小生の在宅を確認した樵夫がトラクターで3立方メートルの薪(大変な量と重さです)を家の前の道路にドサッと勢いよく放り投げました(写真左)。まずいことに拙宅は道路から狭い坂道を10m上って左側にあり、庭先に入ろうとするとさらに階段を数段登らなければなりません。この膨大な量の薪を箱に入れサックカレ(=Sackkarre…なんで今回のコラムにかぎって和訳できない言葉続出するのでしょう:またもや独和辞典をひきましたら、『袋詰めの荷などを運ぶ手押し二輪車』とあります)で庭先に運び込んで積み上げ(写真中央)、最後に雪が降ってもさほど湿らないようにと防水用のビニールを固定して完了(写真右)。3人がかりで半日を要しました。
人口数百人の小村にある家内の実家では今もなお暖房はカッヘルオーフェンだけ。おまけに台所の火元もいわゆる薪コンロで料理しようにも火加減が非常に難しい。しかし生涯ずっと薪コンロを使用してきた家内の実母にとっては何でもないことで、実に美味な料理やケーキなどを作ります。もう長年にわたるカンとコツに基づく職人技の領域で、電化製品に頼りっぱなしの家内にはこの薪コンロは絶対に使いこなせないと思うのですが、「昔はけっこう薪コンロで料理をつくってたんだ。今でもちゃん使いこなせるよ!」と強がりを言う。小生も負けずに「ご冗談を!数十年前ならいざしらず、薪コンロでの料理に必要なカンとコツはキミの中ではもう失せてしまっている。薪コンロどころかカッヘルオーフェンに火をおこすこともできるかどうかわかったもんじゃない」と言い返して炎のことで水掛け論という矛盾。とりあえず近々家内がカッヘルオーフェンに薪を焼べることを試みるということになりました。となりますと大きすぎて暖炉に入りきらない薪を斧で小さくしなければならない作業が小生に回ってきます。いずれにせよカッヘルオーフェンがホットなテーマになりそうな冬がもう間近です。








